確率論の基礎(4)

今回は,\sigma-集合体とその意味についてもう少し考えます。

まず,ある標本空間\Omegaに対して,\Omega上の\sigma-集合体は一意ではないことに注意して下さい。
例えば,
{\cal F}_{1} = \{ \emptyset, \Omega \}.
{\cal F}_{2} = \{ \emptyset, A, A^{c}, \Omega \} \quad (A \subset \Omega).
 {\cal F}_{3} = \{ \Omega のすべての部分集合  \}.
とすると,{\cal F}_{1}, {\cal F}_{2}, {\cal F}_{3}はすべて\Omega上の\sigma-集合体となります。

 

今まで\sigma-集合体という何か小難しそうなものを考えてきましたが,これは結局何なのでしょうか?
以下で,確率論の応用における一つの考え方を大まかに説明します。

まず,上で見たように同じ標本空間上で定義される\sigma-集合体は一意ではないことに注意しましょう。
では,上の例での{\cal F}_{1}, {\cal F}_{2}, {\cal F}_{3}の違いは何なのでしょうか?
一つの答えは,これらは「標本空間をどれだけ細かく区別出来るか」の違いです。

例えば,{\cal F}_{1}は最も小さい\sigma-集合体ですが(最も小さいという意味は,任意の\sigma-集合体{\cal F}について{\cal F}_{1} \subset {\cal F}が成立するという意味です。),これは実質的には何も区別できない\sigma-集合体です。{\cal F}_{2}は,事象Aが発生するかどうかだけを区別出来る\sigma-集合体です。また,{\cal F}_{3}は最も大きい\sigma-集合体ですが(最も大きいという意味は,任意の\sigma-集合体{\cal F}について{\cal F}_{3} \supset {\cal F}が成立するという意味です。),これは標本一つ一つまで区別出来ます。

 

したがって,\sigma-集合体は「情報」に関連していると解釈することが出来ます。「情報」を豊富に持っているということは,
「物事をより細かく分類できる」=「標本空間をより細かく区別出来る」
ということになります。
この観点からは,{\cal F}_{1}よりも{\cal F}_{2}が, {\cal F}_{2}よりも{\cal F}_{3}が情報を豊富に持っている\sigma-集合体であると言えます。

 

このことを,数理ファイナンスへの応用を考慮した言葉でもう少しだけ説明しておきます。

もし投資家が{\cal F}_{3}に相当する情報を持っているならば,その投資家にとっては,すべての事象に関して確率的な曖昧さは全くなくなることになります。

また,事象Aを「日経平均が時刻txである」という事象とするならば,もし投資家が{\cal F}_{2}に相当する情報を持っているならば,その投資家にとっては「日経平均が時刻txである」かどうかは,確率的な曖昧さはなく既知であることになります。

このような観点からは,確率は持っている情報を最大限利用しても残る曖昧さの大きさを表していると考えることもできます。
応用上は,「情報」は「観測」によって得られることが多いため,\sigma-集合体は「観測」にも密接に関連したものであるとも言えます。

 

 

PASTA (Poisson Arrivals See Time Averages) (2)

今回は,PASTA (Poisson Arrival See Time Averages)を数学的に表現し,定理の形で述べることにします[1,2]。

N \equiv \{ N(t) \}_{t \geq 0}を,ある状態空間上の値を取る確率過程とします。
この確率過程のことを「システム」と呼ぶことにします。
BNの状態空間の任意の集まりとします。
さらに,率\lambda>0のポアソン過程\Lambda \equiv \{ \Lambda(t) \}_{t \geq 0}を考えます。このポアソン過程とシステムの間には,相互作用があるものとします。
その相互作用は,たとえば,待ち行列システムへの適用においては,Nをシステム内客数を表す確率過程,\Lambdaを客のシステムへの到着を表すポアソン過程と考えて,客の各到着時点でNが1だけ増加するというような相互作用です。

 

システムがBにある時間の割合とシステムがBにあるのを見る到着の割合を考えます。この目的のためにt \geq 0で以下のものを定義します。

 U(t) = 1_{\{ N(t) \in B \}}

 \overline{U}(t) = \frac{1}{t} \int_{0}^{t} U(s) \; ds

 A(t) = \int_{0}^{t} U(s) \; d \Lambda(s)

 \overline{A}(t) = \frac{A(t)}{\Lambda(t)}

Uのサンプルパスは,確率1で左連続で右極限を持つとします。
この左連続性は,上記の待ち行列システムの例で言えば,到着がシステム内客数に影響を及ぼすのは(すなわちシステム内客数が+1されるのは),その到着直後であると考えることに相当します。

上記の定義で,\overline{U}(t)はシステムN[0,t]の間にBにある時間割合を示し,\overline{A}(t)[0,t]の間に発生する到着でシステムNBにあることを見る到着の割合を示しています。

到着は何らかの形でシステムに影響を及ぼすことを想定しているので,\LambdaN,したがって,\LambdaUは依存した確率過程になります。しかし,どのような形での相互作用や影響を許すわけではありません。ここでは,システムが予見(anticipation)を持たない,すなわち,\Lambdaの将来の増分とUの履歴が独立であることを仮定します。この仮定はLAA (Lack of Anticipation Assumption)と呼ばれ,きっちり書くと以下のようになります。

仮定 Lack of Anticipation Assumption (LAA).
t \geq 0において,\{ \Lambda(t+u) - \Lambda(t): \; u \geq 0 \}は,\{U(s): \; 0 \leq s \leq t \}と独立である。

 

このLAAのもとで,以下の定理が成立します。

定理 PASTA.
LAAのもとで,t \rightarrow \inftyのとき,\overline{U}(t) \rightarrow \overline{U}(\infty) w.p.1 ならば,かつそのときに限り,\overline{A}(t) \rightarrow \overline{U}(\infty) w.p.1である。

 

以下に仮定と定理に関するコメントを述べます。

1. \overline{U}(\infty)は,システムがエルゴード的であるような場合には定数になりますが,そうである必要はありません。例えば,システムNが吸収状態をいくつかもつ連続時間マルコフ連鎖であるとし,システムの初期状態N(0)=iは過渡状態であるとします。ここでBがある吸収状態であれば,\overline{U}(\infty)は確率変数になり,Bの吸収状態に吸収されれば\overline{U}(\infty)=1,そうでなければ\overline{U}(\infty)=0となります。

2. Wolffの本[1]においては,LAAに上記の仮定に加えて,各t \geq 0において,\{ \Lambda(t+u) - \Lambda(t): \; u \geq 0 \}\{ \Lambda(s): 0 \leq s \leq t \}と独立であるという,\Lambdaに関する独立増分性が仮定されています。
しかしながら,この仮定は,\Lambdaがポアソン過程のとき独立増分性を持つので,本来不要です。そのため,このブログにおけるLAAは[3]に記述のあるLAAと同様のものをLAAとして記述してあります。このブログに記述してあるLAAはPASTAが成立するための十分条件になります。

次回から,数回に分けて定理 PASTAを証明します。

 

[参考文献]
[1] R.W.Wolff, Stochastic modeling and the theory of queues, Prentice-Hall, 1989.
[2] R.W.Wolff, “Poisson Arrivals See Time Averages,” Operations Research, vol.33,
pp.223-231, 1982.
[3] B.Melamed and D.D.Yao, “The ASTA property,” in Frontiers in queueing: models and problems, (J.Dshalalow, Ed), CRC press, 1995.

PASTA (Poisson Arrivals See Time Averages) (1)

これから何回かに分けてPASTAについて議論したいと思います。
PASTAと言っても,私が大好きでよく食べる食物のパスタのことではありません^^;;
ここで言うPASTAとは,待ち行列理論においてよく知られているポアソン到着に関する性質、
Poisson Arrivals See Time Averages」,略してPASTAと呼ばれる性質のことです。

PASTAとは,大まかに簡単に言うと

定常ポアソン到着が,到着時にシステムの状態がある状態にあることを
観察する割合は,システムがそのある状態にある時間割合に一致する

ということになります。言い換えると,PASTAとは,

定常ポアソン過程の増加点でシステムを観測したとき
観測時点直前での事象平均は,時間平均に一致する

という性質のことです。

 
PASTAは,待ち行列の解析においては,到着が定常ポアソン過程にしたがう待ち行列システムにおいて,待ち行列長の定常分布を客の到着直前の待ち行列長の分布に関連付けるためによく使われます。
待ち行列システムの解析おいては,待ち行列長の定常分布を得ることの方が客の待ち時間の分布を得ることよりも簡単であることが多いです。そのため,まず解析によって,待ち行列長の定常分布を得て,それにPASTAを適用して,客の到着直前の待ち行列長の分布を得て,そこから客の待ち時間の分布を得るというアプローチがよくとられます。

 

次回から,数学的な定式化をきっちり行ってPASTAについて議論したいと思います。

 

確率論の基礎(3)

前の記事「確率論の基礎(1)」,「確率論の基礎(2)」において,確率測度は標本空間の部分集合の集まり上で定義されている部分集合の「大きさ」を測るものであると言いました。

さらに,標本空間の部分集合の集まりはどのようなものでも良いわけでもなく制約があり,その制約は主に部分集合の「大きさ」を矛盾なく定義するためのものであることを述べました。

では,どのような部分集合の集まりなら部分集合の「大きさ」を矛盾なく定義できるのでしょうか?

部分集合の集まりの各要素で「大きさ」を矛盾なく定義できるためには,以下の性質を持っていることが必要と思われます。

考える部分集合の集まりは,補集合演算と可算回の和,積演算について閉じている必要がある。

すなわち,ある部分集合の大きさが定義されるのであれば,その補集合の大きさも定義されないと不都合だし,ある部分集合A, Bの大きさが定義されるのであれば,ABの和集合の大きさも定義されないと不都合だし,ABの積集合の大きさも定義されないと不都合だということです。さらに,それらの演算の結果できた集合に,さらに演算を可算回繰り返して出来た集合も大きさが定義されないと不都合であるということです。


上で述べたような性質を持つ部分集合族のクラスは, \sigma-集合体(\sigma-field, \sigma-加法族)と呼ばれ,以下のように定義されます。

定義: 標本空間\Omegaの部分集合の集まり{\cal F}が以下の条件を満たすならば,それは\Omega上の\sigma-集合体(\sigma-field on \Omega)であると言われる。

  1.  \Omega \in {\cal F}
  2.  A \in {\cal F} \Rightarrow A^{c} \in {\cal F}
  3.  A_{i} \in {\cal F} \; (i=1,2,\ldots) \; \Rightarrow \cup_{i=1}^{\infty} A_{i} \in {\cal F}

ここにA^{c}Aの補集合を表す。

ド・モルガンの法則から集合の積は集合の和と補集合で表すことが出来るので,上の定義で可算回の積演算についても{\cal F}は閉じていることになります。

 

確率は,\sigma-集合体{\cal F}のすべての要素に対して割当てられます。
すなわち,{\cal F}の任意の要素,すなわち,任意の事象Aの「大きさ」を測ることが可能で,
その「大きさ」のことを事象Aの確率と呼びます。

このようにして定義された(\Omega, {\cal F})可測空間(measurable space)と呼ばれます。

バニラオプションの高次グリークス(2) 残存時間に関する2階偏微分

今回はオプションの高次グリークスで,Thetaを残存時間で偏微分したものの符号を反転させたもの,すなわち,残存時間に関する2階偏微分を表す高次グリークスを考えてみます。

この高次グリークスですが,Wikipedia

http://en.wikipedia.org/wiki/Greeks_(finance)

では,なぜか名前が見当たりませんし,式も提示されていません。

ちなみに,Thetaはオプション理論価格を残存時間で偏微分したものの符号を反転させたもです。

バニラオプションのThetaは,Black-Scholes式の設定のもとでは,
Callオプションの場合

 -\frac{S \phi(d_{1}) \sigma}{2 \sqrt{ \tau }} -r K e^{-r \tau} \Phi(d_{2})

で与えられ,

Putオプションの場合

 -\frac{S \phi(d_1) \sigma}{2 \sqrt{\tau}} +r K e^{-r \tau} \Phi(-d_{2})

で与えられることが知られています。ここに,Sは原資産価格,Kは権利行使価格,\tauは残存時間,\sigmaは原資産価格過程のボラティリティ,rは無リスク資産の金利,\phi(x)は標準正規分布の密度関数,\Phi(x)は標準正規分布の分布関数です。これらのThetaに関する式は,上にURLを示したWikipediaにも掲載されています。

今回求めようとしている高次グリークスは,これらのThetaを表す式を-\tauで偏微分すればよいわけです。

ですので,残存時間に関する2階偏微分を表す高次グリークスは,

Callオプションの場合は,

-\frac{S \phi(d_1) \sigma}{2 \sqrt{\tau}}\left[ d_1 \frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau}+ \frac{1}{2 \tau} \right]- r K e^{-r \tau} \left[ r \Phi(d_2) - \phi(d_2)\frac{\partial d_{2}(\tau)}{\partial \tau}\right]

で与えられ,
Putオプションの場合は,

-\frac{S \phi(d_1) \sigma}{2 \sqrt{\tau}}\left[ d_1 \frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau}+ \frac{1}{2 \tau} \right]+ r K e^{-r \tau} \left[ r \Phi(-d_2) + \phi(d_2)\frac{\partial d_{2}(\tau)}{\partial \tau}\right]

で与えられることになります。ここに,\phi(x)は標準正規分布の密度関数で,

\frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau} = \frac{1}{2 \sigma \sqrt{\tau}}\left[ r + \frac{\sigma^{2}}{2} - \frac{1}{\tau} \log(S/K) \right] .

\frac{\partial d_{2}(\tau)}{\partial \tau} = \frac{1}{2 \sigma \sqrt{\tau}}\left[ r - \frac{\sigma^{2}}{2} - \frac{1}{\tau} \log(S/K) \right] .

です。

確率論の基礎(2)

前回の記事「確率論の基礎(1)」で,確率測度は,標本の部分集合から[0,1]への写像であって,標本から[0,1]への写像ではないことに注意して下さいということを言いました。
なぜ,標本から[0,1]への写像としないのでしょうか?
それは,以下の技術的な理由によります。

例えば,区間[0,1]からランダムに数を1つ選ぶとします。
このとき,どの数も同様に選ばれるので,確率はすべて同じにしたいです。
しかし,[0,1]には無限個(正確には,可算でもない)の数があるので,どんなに小さな正の確率を与えても,確率の和を1とすることができないことになります。
一方,その確率を0とすると,どこにも正の確率がないことになってしまいます。

この困難を解決するために,確率論では,確率を標本ではなく,標本の集合に対して定義します。

このことは,長さ,面積,体積などの大きさを測るときの基準に「点」に大きさを与えるのではなく,点の集合である直線,正方形,立方体に大きさを与え,それを基準に任意の図形の長さ,面積,体積を決めているのと同じことです。

次回は,\sigma-集合体と事象について解説します。

バニラオプションの高次グリークス(1) Totto

オプションの高次グリークスでTottoと呼ばれるものがあります。

http://en.wikipedia.org/wiki/Greeks_(finance)

上にURLを示したWikipediaのページにあるように、TottoはVommaを残存時間\tauで偏微分して符号を反転させたもの(すなわち,Vommaを-\tauで偏微分したもの)です。

ちなみにVommaは,Vega \nu をさらにボラティリティ\sigmaで偏微分したものです。
バニラオプションのVommaは,Black-Scholes式の設定においては,

 S \phi(d_{1}) \sqrt{\tau} \frac{d_{1} d_{2}}{\sigma}= \nu \frac{d_{1} d_{2}}{\sigma}
となります。

ここに,

 d_{1}=\frac{\log(S/K)+(r+\sigma^{2}/2) \tau}{\sigma \sqrt{\tau}}

 d_{2}=\frac{\log(S/K)+(r-\sigma^{2}/2) \tau}{\sigma \sqrt{\tau}}=d_{1} - \sigma \sqrt{\tau}

で,Sは原資産価格,Kは権利行使価格,rは無リスク資産の利子率を表します。

また\phi(x)は標準正規分布の密度関数で

 \phi(x) = \frac{1}{ \sqrt{2 \pi} } e^{-\frac{x^{2}}{2}}

です。

上にURLを示したWikipediaのページには,なぜかバニラオプションのTottoの式が示されていませんので,ここではそれを示しておきます。

バニラオプションのTottoは,Black-Scholes式の設定においては,

 -S \phi(d_1) \frac{\sqrt{\tau}}{\sigma}\left[\left( - d_1 \frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau} + \frac{1}{2 \tau}\right) d_1 d_2+ d_1 \frac{\partial d_{2}(\tau)}{\partial \tau}+ d_2 \frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau}\right] .

と表現されます。

ここに,

\frac{\partial d_{1}(\tau)}{\partial \tau} = \frac{1}{2 \sigma \sqrt{\tau}}\left[ r + \frac{\sigma^{2}}{2} - \frac{1}{\tau} \log(S/K) \right] .

\frac{\partial d_{2}(\tau)}{\partial \tau} = \frac{1}{2 \sigma \sqrt{\tau}}\left[ r - \frac{\sigma^{2}}{2} - \frac{1}{\tau} \log(S/K) \right] .

です。